Donnerstag, November 17, 2005

山積みの文献たち

読まなきゃいかん文献が山積み。そして、どの本をいつ返却すべきかすっかり忘れていた。
そんなんで、今日ついに大学の図書館から注意のメールが届いてしまった。11月9日まで返却すべき本がまだ返されていません。督促料1.5ユーロを払って下さい。だって。まぁ返却忘れはこれが始めてじゃあ全然ないけど、1.5ユーロはちょっと高くないか!?と毎回思うよ。せっかくメールくれるなら、返却予定日一週間前くらいに、お知らせメールくれればいいのに。って虫のよすぎる話かな。
今回はそれでも一冊でよかった。でも、明日にでも二冊目の督促状が届きそう。早くインターネットでチェックしなければ。
読まなきゃならん文献とその返却日に追われる日々・・・。

Mittwoch, November 16, 2005

Knofi

この前のカフェ紹介に続き、ベルリンのお気に入りカフェ・パート2。Knofi(クノフィ)。


このカフェはトルコ人が経営するカフェ。私の知る限り3つチェーン店があって、もちろんどれもトルコ人コロニー・クロイツベルクにある。私の行くKnofi は、Bergmannstr.にある赤い方のKnofi(写真参照)。中は、レトロ+カントリー風で(どんな組み合わせだ!?想像できますかね?)、ソファーの席はゆったりできて、何時間でもいられそうです。

ここのお勧めは、手作りの種類豊富で超デカなケーキとBio (有機栽培に基づいて作った)のコーヒー。それから、朝食もかなりいい。オリエンタル・メニューを頼むとゴージャスなトルコの朝食がでてきます。パンにつける各種豆やごまのペースト(タラトル)、ミートボールっぽいやつ、そして、ぶとうの葉に米・タマネギ・挽肉などの混ぜものが包まれたドルマ、オリーブ、パプリカ・トマトのサラダなどなど、大きなお皿に盛りだくさん。(これをトルコ人がほんとに朝食として食べるかどうかは実は謎・・・。)
週末は、持ち帰りのケーキを頼む人でかなり込むので、注文時に即支払うのがいいでしょう。
Knofi、看板の絵でも分かるように、きっとこの名前、ドイツ語のKnoblauch(ニンニク)から来ているんだろうな。


Dienstag, November 15, 2005

フィットネス

毎週火曜日はフィットネスの日。大学の提供しているUni-Sportのスポーツコースに通っているのだ。正式名称は「音楽とともに体操・コース」。なんちゅう、素朴で分かりやすいような、でもいまいちピンとこないような名前・・・。
90分間ほとんど休みなしに音楽とトレーナーの人の動きに合わせて動き続ける。ちょっと、エアロビちっくかも?エアロビをやったことないから、どう違うのか分かりませんが・・・。わたしのやっているのは、ジム内を走り回ったりもするし、ヨガっぽいポーズもするし、腹筋・背筋なんかの筋トレもする。もちろん全て音楽にあわせて。
ポイントの音楽は、80年代系ディスコミュージックから、ここ4・5年の間に流行ったPOP、そして瞑想系のワールドミュージックまで、よりすぐりが集められています。
トレーナーの兄ちゃんのピチピチレオタードが眩しいですが、めげずに毎週通っている。そして、その後3・4日間筋肉痛に耐える日々が続く。

Montag, November 14, 2005

いよいよ冬到来。

なんか外がモノクロ。灰色の空、灰色の木々。うわ~~ついに冬の到来っっ。11月ももう半ばなんだから、冬らしくて当然なんですが。でも、やっぱ、明るくてあったかいほうが良いに決まっている。
天気予報によれば、今までの天気の良いあたたかい陽気もとうとう御終い。これからは、暗い寒い冬の天気がずっと続くそう。そうか~やっぱ天気のことはあきらめて、暗い寒い冬を直視しよう、と思う。ここまで、いい天気続きだったのが、不思議なくらいなんだから。
なんでも、こんなに世界で平均して気温の高い10月は、1880年統計をとりだして以来、史上初だとか。
うーん、夏女の私は、地球の温暖化に危機を覚える前に、暖かい日々を恋しく思ってしまう・・・。

Sonntag, November 13, 2005

日本語講座☆

うちでは金曜と言えば日本語の日。のはずなんですが、金曜は忙しかった為、日曜に延期された。
日本語の日とはいえ、今日は一日中家では日本語!とまでは全くいかず、私が同居人クリにテキストにそって1時間、長くても3時間くらい日本語を教える。
クリは去年の春から夏にかけて日本語コースに通って、ひらがなをほぼマスターしたが、その後結局それきりになっていた。今年の春、初めて日本へ行くことになって、その前に私と集中日本語講座をしたけれど、帰ってきてからは、また日本語離れ。
最近、私がけしかけて、少なくとも週一回は日本語を学ぶ機会をつくったのだ。

もともと、彼が日本語を自主的に習いたいなら習えばいいや、と思っていた私。一緒に日本に行って以来、それはいかんと言うことに気がついた。
なぜなら、せっかく日本でうちの家族に会っても、友達に会っても、クリ専属お付の通訳同様。常に通訳、これ、ほんとつかれるんだってば!(たぶん、皆さんの中でもこの経験をされている方は多いはず・・・。)
家族でべらべら英語が話せる人がいるわけでもなし、ましてやドイツ語は・・・。皆集まれば、やっぱ日本語。
最初のうちは、がんばって通訳業に専念したけど、それも一週間が限度でした。私だって、久しぶりに会う皆としゃべりたいし、でも、だからと言ってクリをほっとくわけにも行かないし、気を使って、更につかれた。

そんな、私の見えない努力と気疲れを尻目に、あーー日本はすごく楽しかった。また何度でも行きたいー、と言うクリ。私の故郷を気に入ってくれるのは嬉しいけど、また何度でも行きたいなら、日本語やってくれ。というのが私の願い。
実際、将来的に彼と家族を築いていくなら、もちろん彼が日本語を話せるほうが、何かにつけて楽とも思う。

日本語講座ただいま第3課「質問があります。Shitsumon ga arimasu」。
一日家では日本語。なんて日が来るのは、まだまだ先の話・・・。

Samstag, November 12, 2005

映画 『Corpse Bride』


『Planet of the Apes』以来久しぶりに見たティム・バートン映画。『Corpse Bride』は、『The Nightmare before Christmas』と同じストップモーション・アニメです。人形を動かすごとに一コマ一コマカメラに納め、1・2秒を撮影するために12時間もの時間を要するというから、こりゃ、たまげた。映画をただ見てる分には、そんな膨大な時間と努力が背景にあるなんて分からないから、ほんとこれこそ見えない努力。
肝心のお話は、『シザー・ハンズ』や『The Nightmare before Christmas』なんかに見られる、ティム・バートンらしい、奇妙なコンセプトの中にある、シンプルな心暖まるストーリー。おちゃめなユーモアももちろん盛りだくさん。ただ、色んな死体達がうじゃうじゃ出てくるので、アニメとは言え、たまにグロい。
19世紀のヨーロッパのある小さな村が舞台。主人公ヴィクターがお化け(死体)の花嫁に謝って結婚の誓いをしてしまって、さぁ大変てな話(ってどんな話だ!詳しくは、http://wwws.warnerbros.co.jp/corpsebride/で)。
主人公のヴィクターの声はジョニー・デップ♪。死体の花嫁の声は、ティム・バートンのパートナーでもあり、最近の彼の作品には常連の、ヘレナ・ボナム=カーター。
映画はいつもながらの吹き替えバージョンだから、スター達の声の出演はドイツではあまり意味ないんですが。オリジナル見せる映画館に行かない限り・・・。
今度レンタルDVDが出たら、オリジナルで見てみようかな。

Freitag, November 11, 2005

カーニバル



11月11日、午前11時11分きっかりに「五つ目の季節」カーニバルの季節が始まる。カーニバルは、大きな仮装祭りで、実際に仮装パレードが行われるのは、2月になってから。
とりあえず公式には今日から仮装パレードに参加する人々がその準備にとりかかる。
パレードでは、色んな姿に仮装した人達が山車(だし)からお菓子をばらまいて、観客はそれをキャッチする。もともと、ラインランド地方(フランスとの国境近く、ライン川の流れる地域)でメジャーなお祭りで、クールでよそ者・事のきらいなベルリーナーは、このカーニバルではじけちゃうラインランドの人々をけっこう軽蔑的に見ていた。
ところが、ところが、2・3年前からここベルリンでもカーニバルのパレードが行われるようになりました。カーニバルの中心地でもあるボンからベルリンへ首都が移り、ボンにいた政府関係者、議員がこぞってこっちに移ってきたからかも。
個人的には寒くて暗い冬にみんなが陽気になれるお祭りがあるのは歓迎です。いつもしかめっ面のベルリーナーがこのカーニバルの時にルンルンしだしちゃったら、ちょっと気持ち悪い気もするけど・・・。
ベルリンも首都になって15年。生粋のベルリーナーにも新しいモノを受け入れる寛容さが求められるのです。

Donnerstag, November 10, 2005

祝・ブログ一ヶ月

ブログを始めて、なんと一ヶ月が経過!ほぼ毎日くだらないことを綴ってきましたが、まさか自分が日記をこうして続けられるとは。やっぱり、レスポンスがあるからでしょう。ブログの醍醐味ですね。コメントして下さる皆様ありがとうございます♪
次は3ヶ月目指してがんばろーー。
自分の日本語のためにも・・・。

Mittwoch, November 09, 2005

提灯のカフェ

ベルリン・クロイツベルグ、SO36地区にある提灯のカフェは、コーヒー2杯と小ビール2杯で8時間居座ることができる(たぶんもっと・・・)。
知っている人は知っている、ベルリン国際映画祭で金熊賞をとった『Gegen die Wand - 壁に向かって』で主演した男性俳優 Birol Uenel はこのカフェによく出没する。この前、ここに来たときは隣のテーブルに座っていた。全くもって有名人きどりしてなくて、好感が持てる。
このカフェの本当の名前は、実は未だに知らない。SO36の提灯のカフェと言えば、ベルリーナーなら皆すぐ分かるからだ。提灯のカフェと呼ばれるように、このカフェにはちょっとエキゾチックな提灯が沢山ぶら下がっている。
私の中では、ベルリンで5本の指に入る居心地の良いカフェです。




Dienstag, November 08, 2005

愛チャリ・きらり号

座って読み書きしてることが多いので、運動不足になりがち。そこで、できるだけ移動は我が愛チャリ・きらり号でするようにしている。
チャリとは呼んでいるが、なにげにスポーティーなマウンテンバイク。平たんなベルリンでは、いまいち宝の持ち腐れ。10段もギアいらないから、荷物をのっけるカゴが欲しい。

できるだけチャリ移動といっても、このできるだけの範囲は片道20分以内(それが一体何キロにあたるのかわかりませんが)。別に運動が目的でチャリを乗り回すんだったらもっと乗ってることもあるけど、移動手段としては、それ以上はきっつい。移動はチャリだけ、という人たちも一杯いるんですけどね・・・。

何度か、うちから大学までチャリで行ったけど、30分強の道のりは、大学に着くまででへとへとになる。夏は着替えが必要なほど汗かくし、冬は、かいた汗が冷えて授業中寒くなっちゃうし。どこまでもチャリで移動する人たちは、どうしてるのでしょう、と尊敬。そんな根性私にはないなぁ。なぁんて、我がきらり号を宝の持ち腐れにしているのは、外でもない、この私だったりする。

Montag, November 07, 2005

多民族社会への挑戦

先月27日に警察に追われたアフリカ系の若者2人が感電死した事故を機に、移民の若者の日頃の不満が一気に噴出した形で始まったパリ郊外の暴動は、フランス全域に拡大。そして、この暴動に便乗するかのように今日午前0時~3時頃にかけて、ここベルリンのモアビット地区でも、車の放火が相次いだ。

モアビット地区には住んでいたこともあったから、よく知っているだけあって、びっくり。この地区はトルコやユーゴスラビアからの移民の多い地区。今回の放火、警察は、移民の若者をもちろん疑っているわけだが、詳細は今のところ不明。
ドイツ政府は、フランスの暴動がドイツにも飛び火することを警戒して、今回の放火に対しても発言は慎重。フランスとドイツの状況を関連づけて分析するのを避けているみたいだが、やっぱり移民社会に潜む難題は避けて通れない。

ドイツは60年代経済高度成長期に外国から労働力を獲得する目的で、多くの外国人労働者を招き入れた。その時にやってきた外国人労働者達は、もちろん経済低迷期になったからといって都合良く出ては行かない。多くの外国人労働者は住みついて、今や彼ら移民の3世代4世代目もドイツで暮らしている。
もっぱら社会の統合が叫ばれてるし、外国人への差別を撤廃する努力もされてきてるはずなのに、ドイツで生まれ育ったはずの3世代以降の若者達さえも、というか、この世代が特に、社会のはみ出し者になってしまっている。

「パラレル社会」という言葉があるが、ドイツもドイツ人社会と移民から構成されるマイノリティーの社会が、交わることなく平行して存在している状況がある。フランスと同じように、ここでも移民・外国人の失業率は普通の2倍も高い。移民の子供達は、教育の場でも、労働市場でも不利に扱われている。ドイツの大学を出たとしても就職するのは大変。

一緒に院を卒業したブルガリア人の友人は、ドイツで就活をしているが、この前会ったとき、「会社の応募資格のところに、アクセントのないドイツ語というのがあって、応募すらできない」と嘆いていた。そうやって、遠回しにドイツ人以外はお断りみたいなメッセージは何かしらある。
「トルコの移民は、ドゥナーの店しか働き口がない」ともよく言われていたけど、アクセントの強いドイツ語を話すトルコ人は、たとえドイツの国籍を持っていたって、簡単に社会からはじかれてしまうのだ。


そんな、差別がある一方で、トルコ人のコロニー内では、2002年の911事件以来強まってきているイスラム原理主義的風潮があり、最近も、トルコ人の女性がイスラムに反した西欧風な生き方をしていると言う理由で自分の実の弟に殺された事件があった。
民主主義の名の下に、宗教の自由やマイノリティーを保護し、寛容に対応する政策を取ってきたドイツであるが、その姿勢がかえってイスラム原理主義がまかり通る場を温存し、ドイツトルコ人社会の後退的な発展をうながしてしまったし、傾向的にマジョリティーとマイノリティーの社会の溝を深める結果となってしまったというのだ。


ホントに一筋縄ではいかない移民社会の難題。受け入れ側の理解がまず第一だと思うが、受け入れてもらう側も、受け入れ側ばかりに全ての責任を押しつけてはならない。自分たちの鬱憤を暴力を持ってはらしたって、何も変わらない。はっきり言って、平和的方法で外国人差別をなくそうと努めている、もしくは、まじめに働いて社会貢献している他の外国人にとって、すごく迷惑。
グローバル化時代、これからもっと地球上の人・物の行き来が簡単になって、いろんな国の人々、民族が入り交じっていく中で、どうやって人権を尊重した差別のない社会を作り上げていけるのか、ヨーロッパはまだまだ暗中模索。多民族社会への挑戦は続くのです。


(げげげ、文章長すぎ。ちょっと熱が入りすぎてしまった・・・。)

Sonntag, November 06, 2005

Döner macht schöner*

この前のクリーヴルストにつづき、食の話パート2。

ベルリン名物で忘れちゃならないのは、やはり、ドゥナー(Döner)でしょう。


ドゥナーとは、もともとトルコのドゥナー・ケバブ(雄羊の肉マトンを1メートルほどある長く太い串に刺してあぶり、あぶられた上の層の肉を削って食べる。左の写真参照)が元祖ですが、ベルリンでドゥナーと言えば、その削られた肉と野菜がフラーデン・ブロート(ピタ・トルコではピダ)と言うパンに挟まれ、ファースト・フードちっくに改良されたものである。



このドゥナー、70年代の労働政策で大量にベルリンへやって来たトルコ移民の人々により、ベルリン・クロイツベルグで新しく考案され、売り出されたのがその始まり。
れっきとしたベルリン名物なのであります。

私にとっては、クリーヴルストよりも愛着のあるこのドゥナー。なんと言っても、肉と野菜がぎっしりなので、栄養のバランスも良いし、平均2ユーロでこのボリューム。お腹が一杯になります。ベルリンでは、肉はマトンに限らず、鶏肉というのもあり。
ドゥナーはクリーヴルストよりも頻繁に屋台・軽食店があるので、立ち寄る回数も自然と多くなる。トルコ移民のコロニーと言われるクロイツベルグでは、一件ごとにドゥナーの店なんて通りも冗談じゃなくあるのです。

そういえば、この前夏に日本へ帰ったとき、ベルリーナー・ドゥナーの屋台が東京、新宿・渋谷に出ていた!国際的に普及している模様!?



*「Döner macht schöner」。うちの近くのドゥナー屋の宣伝文句。「ドゥナー・マハt・シェーナー」ドゥナーは(あなたを)更に美しくする。韻踏んでるし。通り過ぎるたびにクスッと笑ってしまう。

Samstag, November 05, 2005

ブンデスリーガ・第12戦

土曜の15:30、日曜の17:30といえば、ブンデスリーガ。
我がヴェルダー・ブレーメン(現在2位)は、宿敵バイエルン・ミュンヘン(現在1位)と対決したが、1対3で敗戦。
くそ~~~~!!せっかく、有料放送プレミア持ってる友達のとこまで行って、試合観戦したのに。とほほ、ヴェルダーやっぱ守備が弱いのよねー。それにしても、強引で血も涙もないバイエルン相手なんだから、ヴェルダーも少しはフェア・プレー脱してがんがんいかないと。まったく、バイエルンのスター選手バラックなんて、一体何度相手チーム選手の鼻の骨を折ったことか!

そんなんで、試合観戦者一同(私以外ブレーメン出身)「バラックの顔に一発蹴り入れてやれー!!」とかって叫んでたけど、それでも、もちろんみんな、フェアなブレーメンに誇りを持っているのです。

***********

今日は、ちなみに、ベルリンおかかえヘルタBSCがホーム、オリンピア・スタジアムでの試合だったので、街中、ヘルタファンでごった返してました。まぁヘルタがホーム試合の時はいつものことですがね・・・。
ことに、ヘルタはカイザースラウターに3対0で勝利したので、みんな顔が明るい。
青と白のマフラーを体中に巻き付けて、若者達が(おじさん層も多いですが)ビール片手に陽気にヘルタ応援歌を歌っておりました。
負けて、柄悪くなって、町中の公共物を壊し始めるよりは全然良いですけどね・・・。

サッカー・ファンはいいけど、試合の勝ち負けに人生左右されたり、棒に振ったりしないよう、気をつけたいものです・・・。

Freitag, November 04, 2005

あなどれぬ、法律!

私の同居人は法律家だが、彼を通して、今日ベルリンで法律を勉強するかなりチャレンジャーな日本人女性と出会った。

日本の法律は、刑法・民法とも、もともとドイツの法律を導入したというのがあって、家族法や相続法以外は基本はほとんど同じなのだか、彼女曰く、細かいところは、やはり違うという。

彼女が例に挙げたのは、家族法・相続法以外でも見られる日本とドイツの家族に対する認識の違い。
例えば、家庭の中で暴力沙汰があったとき、ドイツの警察はずかずかと家の中に入ってきて取り締まり、暴力をふるった家族の一員を即座に連行していける権利があるが、日本の警察は家の中に簡単には入ってこられない。家庭内のことは、警察の管轄外のような扱い。

そのかわり、と言っては何だが、日本では、例えば、結婚相手が浮気して、それが原因で離婚するというとき、浮気された方は、配偶者と浮気相手を相手に慰謝料請求できるのがあたりまえだが、ドイツでは、浮気など、色恋沙汰が原因の離婚は慰謝料請求の対象にはならない。
人の恋心は法律で縛れないということか? ま、もっともな気がしないでもないが。

離婚後は、お金が稼いでいる方が、お金を稼いでいない方に、生活費・子供が居る場合は養育費を払わなくてはならないので、相手の浮気が理由で離婚したのに、自分の方が稼いでいるから相手にお金を払わなくてはいけない、という可能性も大いにある。

なんちゅ~こった。目から鱗だね。ドイツ人は結婚に関してかなりさっぱりとした考えをしていると思っていたけど、やっぱ、それは法律上でも同じだった!
うーん、あなどれぬ、法律!知っていて損はない。学ぶ価値、おおあり。

ドイツで法律をやるなんて、すごく大変なことだと思うけれど、彼女には本当にがんばってほしいです。

Donnerstag, November 03, 2005

世界男性デー

今日、11月3日は世界男性デーだそうです。
そんな日があったのね、とちょっとした驚き。でも、まぁ世界女性デーがあるのだから男性デーがあっておかしくない。
なんでも、オーストリアのウィーンとゴルバチョフ基金がこの日の導入へイニチアティヴをとったとか。世界男性デーの主目的は、男性の健康状態の改善。
男性は女性に比べて平均7年も寿命が短く*、一般的に健康管理を怠った生活に陥りやすいと言うのがその理由。国際的に男性の健康に対する意識を高める運動をひろめていくという。

そこで、考えてしまうのは、男性が比較的健康管理を怠った生活に陥りやすいという、その背景にあるもの。なんだか、社会学的なにおいがしますね。
どんな理由があるのか、思いつくものをならべてみよう。

まず、一つ目には、栄養のバランスを考えて食事をするとか、健康を管理するとか言うのは、一般的に家庭の中で女性の役割となっていること。
二つ目には、労働者の健康は二の次の利潤優先労働市場、そして、そこで働くのは大多数が男性だということ。
三つ目には、どこか強くなければならないとされる男性らしさのしがらみ。弱音を吐けなかったりして、病気になっても医者に行かないとか。
四つ目は、物理的に力があると言う理由で、身体に危険を伴う仕事につけられやすい。また、自分の力を過信させられやすい。

つまり、一般的に男性が健康管理を怠った生活に陥りやすいというのは、男とはこうあるべきだという概念がつくりあげた社会にも大いに問題があるのです。

さて、この世界男性デー、より多くの男性が健康管理という視点から、社会的に「健康」と言う分野から排除されやすい男性性という性を見つめ直すきっかけづくりに一役買ってくれるのでしょうか。
男女ともに自分らしく健康に生きていける社会の為には、男性性の問題もけっこう重要。
だって、なにせ、今の世の中、世界を動かす権力を握るのも大多数が男達。君たちの目覚めが必要なのよーーー。



* 最近の研究では、男性が生物学的に見て女性よりも短命であるという見方は否定され、男性も一般的な女性と同じような健康管理をすれば、女性と同じだけ生きられるという結論にたどり着いているそうです。

Mittwoch, November 02, 2005

クリー・ヴルスト

食の秋ということで、食べ物の話。
(それにしても、ベルリンで11月入ってもまだ外が秋な感じなのは、ホントすごいことです。)

食べ物でベルリン名物と言えば、カレー・ソーセージ(Currywurstクリー・ヴルスト)。
クリー・ヴルストとは、トマトとウースターベースのソース、更には、名前の根拠となるカレー粉が振りかけられたソーセージ。ソーセージはまずグリルで焼かれ、一口大に切られて、食べやすくなっている。(下の写真参照のこと)

このクリー・ヴルスト、食べてみると、ちょっとカレー風味の辛いソーセージというだけで、素晴らしくうまい!と言うような感動はないが、街かど至る所に屋台・軽食店があるので、小腹が減ったときにちょうど良い感じで食すことができる。

ベルリーナーのこのソーセージに対する愛着は強く、ベルリンが長らくクリー・ヴルストの発祥地(ソーセージにカレー粉かけただけなのにおおげさ・・・。)だとされたのが、実はハンブルクだったと判明したときは、かなりのショックだったらしい。
ちなみにベルリナー・クリー・ヴルスト一号店は1949年創業。ハンブルクでは、その2年前にある軽食店ですでにクリー・ヴルストが売られていたという記録があるそうな。

そんなベルリナー・クリー・ヴルストですが、来年3月にはクリー・ヴルスト博物館なるものまでオープンされる。かなり、カルト化している名物なのです。


Dienstag, November 01, 2005

ベルリン、住みやす(安)し。

先月はあっちこっちに出向きまわり、通常の月の3倍はお金を使ったと思う。来月のカード請求が恐ろしい。更には、出向いた先に世にも名高い物価高のロンドン、ツーリッヒが入っているので、これはかなり痛い。
少なくとも、もうクリスマスまでは大きな行事はないから、節約&質素をモットーに今後の2ヶ月過ごそう。

さて、こうして物価高な土地に滞在してみると、ベルリンの安さをあらためて実感する。ベルリンはヨーロッパでも有数の経済大国・ドイツの首都なくせにかなりの物価安なのである。
まぁ首都と言っても、トルコのアンカラ・イスタンブール、オーストラリアのキャンベラ・シドニーみたいに、政治の中心は首都だけど、経済の中心は他にありますと言うのもありだから、おかしくないのかも知れないが。それにしても、ここはドイツ一人口の多い都市だし、移民のるつぼでもあるし、観光地&文化の中心地でもあるのです。

一体何が安いって、特に安いのが、家賃と食料品。生活に必需なこの二つが安いのはかなり有り難い。家は90平米ある3LDKだが、家賃はなんと400ユーロ(約6万円)光熱費込みで約500ユーロ。シェアしてるから一人月250ユーロ。ツーリッヒだったらこの倍はかるくする。(とはいえ、物価の高いところではそれに見合った高いお給料が入ってくるというものですが。)ベルリンは食費も月一人100ユーロあれば、やっていける。

ベルリンの物価は、それでもユーロ導入後なにかにつけて少なくとも30%ほどの値上がりをみせ(靴なんかはほとんど2倍の値段になった!)、当時奨学金+バイト・契約社員などでやりくりしていた貧乏学生の私はかなりブーブー文句を言っていたものだった。でもやっぱり、他の都市とこう比べてみると、こうやって勉強と仕事の両立ができるのも、一重に、それでも比較的物価安のベルリン故と言っていいのでしょう。

Montag, Oktober 31, 2005

スイス訪問

木曜から4泊5日でスイスへ行ってきた。初スイス!ドイツと国境を接しているわりには、今まで行く機会がなかったのだが、クリのツーリッヒ郊外に住むスイス人友達が誕生日会に誘ってくれたのと、ツーリッヒには長らく会っていなかったフィンランド人の友達カップルが住んでいることもあり、今回訪問にこぎつけた。
ベルリンから飛行機で1時間。思ったよりも飛行時間が短くて、結構簡単に来れてしまうものなのねぇ、とちょっと感激。しかも、ツーリッヒではドイツ語を話すので、最初はまだドイツにいるような錯覚を覚えた。が、一般の人々の会話を聞いてみると、ドイツ語と言ってもスイス訛りのドイツ語なので、全く何を言っているのか分からなーい。
ツーリッヒの人々は私達、観光客又はよそ者と話すときだけは、がんばって標準ドイツ語を使ってくれる。

滞在中は、ずっとフィンランド人のアイノ&フレデリック宅に泊まらせてもらい、色んなところに連れて行ってももらい、とてもお世話になった。
天候に恵まれ、ずっとぴかぴかの天気。
年に数えるほどしか見られないというアルプス山脈がベルビュー橋から毎日見えた。
二日目のツーリー山のハイキングでも、三日目のグラールスの登山でも暑くてみんな半袖でいた。もう、11月になると言うのに、信じられない暖かさ。

三日目のグラールス(スイスで一番小さいツーリッヒの隣の州)には、4人でレンタカーをかり、アイノの運転でむかう。ちょっと街からはずれ、山の方へ走ること1時間30分。のどかな村、青々とした芝生が眩しい牧場、きりたつ山脈、これぞハイジの世界!ハイジのテーマソングが頭を駆けめぐり、思わず、ヨーロリッホーとヨーデルしたくなる。村はすごく静かで、牛の首にぶら下がっている鐘だけが、ガランゴロンと響き渡っていた。
車から降りて山登り。
スイスの山歩きでいいのは、山道でだれかとすれ違うと、かならずグローチィとあいさつを交わすことだ。
グローチィと挨拶をかわすこと10回あまり、山登りの折返し地点として目標としていたお食事どころに到着。休憩&お昼。ここで食べたチーズはチーズ嫌いな私にも、びっくりするほど抜群においしかった。きっと新鮮な絞り立て牛乳を使っているのだろう。


初のスイス滞在は、主目的が友達との再会にあったと言うこともあり、誕生日会だけでなく、お酒大好き友達カップル(さすが北欧出身!)との行動で、お酒の量が、実を言えば、また半端じゃなかったんだな、これが。もう大酒を飲まないと誓ったのは、まだ舌の根乾かない2週間前・・・。
でも、友人との再会にお酒はつき物。こうして自然も満喫できたし、アルプスも拝めたし、中身の濃い、ちょっと長めの素敵な週末だった。


(週末更新できなかった分、スイスでの写真を載せました。)

Sonntag, Oktober 30, 2005

スイス写真集・ツーリッヒ3




























《写真:ツーリー湖、サイト・クルージング》

Samstag, Oktober 29, 2005

スイス写真集・グラールス



















《写真、上:スイスで一番小さなカントン(州)グラールス(Glarus)の山脈からシュヴェンディ村を一望、下:峠にある山小屋のレストランで》